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2009年6月19日 (金)

気のゆるみ

本を読んでいたら、瞑想について説明している箇所でとても興味深い文章が書いてありました。

 (観想の)対象を維持し続けている間、あなたの心には次の二つの特性が必要です。①対象だけでなく意識のきわだった鮮明さ、②観想の対象に一点に集中していることです。これらの特性を養うにあたり、気のゆるみ(惛沈・こんじん)と昂奮(掉挙・じょうこ)という二つの要素が邪魔をします。対象の鮮明さを養うのを妨げるのが気のゆるみであり、対象に集中することを妨げるのが昂奮です。  気のゆるみとは、心があまりにもリラックスしすぎ、ゆるみすぎて、集中力の欠けた状態をいいます。心の緊張が弱くなりすぎているのです。気のゆるみの直接的原因は昏睡であり・・・(続く)。

私の場合、瞑想している最中に、気がゆるんで心があまりにもリラックスしすぎ、ゆるみすぎ、脱力しすぎで、力や気力がなくなって眠りこんでしまうことがよくあるのです。瞑想中に眠くなって寝てしまう人というのは多いと思いますが、私は普段でも(瞑想中でなくても)そういう風になんだか力や気力が抜けて、寝てしまう癖がまだあります。

スクールでいろいろ癒してきたお陰で、かなり頻度や時間は減り、1日中とか何日間か寝続け、頭がガンガン痛くなるまで眠ってしまうというのはなくなりましたが、やはり寝るのは好きだし、やる気や力が抜けてくるとやっぱりスヤスヤと寝てしまうのですね。胎児に戻った気分で、眠り始めはとても心地がよいのです。一種の逃避癖なのでしょうね。

普段でも瞑想中でもなのですが、気力と力が抜けてきて、脱力感が進むと、だんだん意識がもうろうとしてきて、ついには横になってスヤスヤ眠ってしまうことがあるのです。これは「気のゆるみ(惛沈・こんじん)」のせいだったのですね。

気が緩んできたら、そのままリラックスして寝てしまっていましたが、気を引き締める必要があるみたいですね。瞑想においてリラックスは必要ですけど、私の場合はどうやらゆるみすぎだったのですね。

脱力しすぎで意識が遠のいていき寝てしまうので、何かおかしいとは思っていたのですが、リラックスはよいことだと思って今まで気が付きませんでした。リラックスしてゆるみ過ぎというのは、集中力の欠けた状態ですよねぇ~。気のゆるんでる状態は、明晰さや覚醒とは反対ですよね。「昏睡」状態ですよね。反省しました。今度眠る時間でもないのに、気が緩んできたら、引き締めるように努力してみます。

 (瞑想の)対象との関係

 最初に、観想の対象を心の中に出現させてください。次に、見失わないように注意深さをもってその対象を保ってください。注意深さをもって対象を見失わないようにつとめることは、「正知」を養う因になります。

 対象を維持し続けている間、あなたの心には次の二つの特性が必要です。①対象だけでなく意識のきわだった鮮明さ、②観想の対象に一点に集中していることです。これらの特性を養うにあたり、気のゆるみ(惛沈・こんじん)と昂奮(掉挙・じょうこ)という二つの要素が邪魔をします。対象の鮮明さを養うのを妨げるのが気のゆるみであり、対象に集中することを妨げるのが昂奮です。  気のゆるみとは、心があまりにもリラックスしすぎ、ゆるみすぎて、集中力の欠けた状態をいいます。心の緊張が弱くなりすぎているのです。気のゆるみの直接的原因は昏睡であり、頭に帽子をかぶせられたようなもので重いものです,これを対治するには、心をもっとひきしめることです。

 心の対象をつかむ力が強すぎると、気のゆるむ危険は減るものの、遂に異常に昂奮してしまう可能性も出てきます。貪りの心により心が散ることを昂奮といいます。いかなるものを瞑想の対象においても心の散乱は起こりますが、昂奮というのは、貪りの対象に心が散乱することなのです。心が散ったり昂奮したりすることへの対治方法としては、心をつかむ力をゆるめ、心の緊張をほぐす方法があります。

 観想の対象を注意深く維持している間、気がゆるんだり昂奮したりしていないか、ときどき正知の力によって調べてみてください。正知の力を通して気がゆるみそうになっていることを発見したならば、心をつかむ力をひきしめ、逆に昂奮しそうなら、心をつかむ力を弱めてみてください。経験を積んでいくうちに、心をどの程度ひきしめたらいいのか、カンがつかめるようになります。

 ダライ・ラマ 愛と非暴力 ダライ・ラマ14世テンジン・ギャツォ(著)

私は気がゆるみすぎるのですけど、反対に感情が高ぶり、興奮状態の「昂奮(掉挙・じょうこ)」の人もいます。

私は力が抜け、気力がなくなる方に傾きやすいタイプなので、悲しんだりする割合のほうが多く、怒ることは少ないです。怒ることは全くないというわけではないのですけど、以前、スクールの講義の時に目をつぶって、「最近怒った時のことを思い出してください。」と言われ、なかなか思い出せなかったので、その時は1年前くらいのことを思い浮かべました。小さいのはちょこちょこあるのでしょうけど、その時ちょっとムッとしたとか程度で後に引くような怒った事柄はあまりなかったのでしょうね。そして「悲しみ」の方は沢山思い出せました。

まあ、スクールの課題で「悲しみ」の方も手放したので、最近で悲しんだ出来事と言われれば、そんなことあったっけかなとすぐには思い出せませんけど、気力や力がなくなってぐったりする癖はまだ残っていました。後は、気を引き締めるコツがわかれば、これも解決するのでしょうか。今後が楽しみです。

昂奮しやすい人は、リラックスするようにしてみてくださいね

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コメント

あまりんさん、初めまして!!私もあまりんさんと同じように眠り込む人でずっと悩んでました。私の場合も今でも1日とか2日とか気持ちよく寝てしまいます。頭は最近は痛くもなりません。途中起きてもまたすぐに気持ちよく寝てしまいます。気力がなくなりやすいし(特に自分のことになると)、無力感が抜けません。瞑想しようとする気力さえありません。したいと思うし本も読んでも行動が全く伴いません。レバナ先生のスクールにも行きたいと思ってから6年くらい経ちます。だからあまりんさんが同じように眠り込む癖を克服しながらスクールに通われてるのは、とても勇気づけられてます。私はまだまだかもしれませんが…。私も本当に怒ることがほとんどなく、泣くこともなかなかできず、今はそれが苦しいです。あんまり感覚がないかなぁ。気はゆるんでいるけど、体は本当に固くて…。モチベーションも上がらず情熱が沸きません。あまりにも長い時間経ちすぎて、疲れきってます。完全に諦めモードです。あまりんさんはそこから抜け出そうと最初の行動に移せたきっかけは何でしたか?

投稿: 花 | 2009年6月21日 (日) 17:15

花さん

私と似たようなタイプですね。
最近はほとんどなくなりましたけど、昔は1日、2日中寝続けるなんて週末の度にやってしまってました。

最初の行動・・ってのは、インドに行ったことになるかと思います。きっかけは、その当時あまりにも惨めだったからです。友達はいましたが、少数の友達以外とはうまくコミュニケーションできず苦しんでいました。大学とかに行っても楽しい生活が出来るようにも思えず、かといって、社会で働いても、大学に行っても、人生お先真っ暗なように感じたので、第3の選択で高校卒業してすぐ母とインドへ行ったのが、抜け出した最初の行動でしょうね。

インドのアシュラムではとても癒され、いろんなワークショップを受けたり、瞑想したりして、それをきっかけに変わってきました。

大学(短大)、就職、その他の選択のどれかを選ばなくてはならない時期だったのですが、大学に行っても就職しても、人とコニュニケーションがうまく出来ない私にとっては幸せになりそうな気が全くしなかった、楽しい人生を全く思い描けなかった、お先真っ暗だったので、第3の選択でインドに行ったのですね。

よっぽど切羽つまってたのですね。でもその選択は正しかったです。他の人からしたら、「なんで突然インドへ?どうかしちゃったの?」ってとこでしょうけどね。

あそこで行動していなかったら、たぶん今でもずっと人間関係で悩んでいたままだったと思います。

まあ、いきなり異国を旅するとよいとすすめはしません(人によります)けど、私にとっては、よかったです。いきなりインドなので、あんまり参考にならないかもしれませんが、悩みすぎて、本当に切羽詰ったら、普段気力のない人間でも、何か行動するのかもしれません。

投稿: あまりん | 2009年6月22日 (月) 18:07

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