カテゴリー「瞑想」の22件の投稿

2015年3月13日 (金)

信頼のための瞑想

信頼のための瞑想

 もし、あなたが信頼するのが難しいならば、過去に戻る必要がある。あなたの記憶に深く分け入る必要がある。あなたの過去に行く必要があるのだ。そして過去の印象をマインドからきれいに取り去らなければならない。あなたは過去からのゴミの大きな山を持っているに違いない。それを取り除きなさい。

  つぎのことがそのための鍵だ。記憶として思い出すだけでなく、それを再体験するところまで戻ることができるかどうかだ。それを瞑想にしなさい。毎日、夜、一時間、ただ過去に戻りなさい。子供時代に起こったすべてのことを思い出すように努力しなさい。深く行けば行くほど良いーーなぜならば、我々は起こった多くのことを隠しているが、それらが意識に浮かび上がってくるのを許さないからだ。それらが浮かび上がるのを許しなさい。毎日戻っていると、あなたは次第に深く感じるようになる。まず、あなたは4、5歳のころのいつかを思い出すだろう。そしてその先には行けない。突然、万里の長城があなたの前に現れる。しかし、その先に行くのだーー次第にもっと深くまで自分が入ってゆくのがわかるだろう。3歳の頃、2歳の頃。子宮から生まれるところに達する人もいる。子宮の記憶まで到達する人々もいた。そしてそのもっと向こう、他の人生で死んだ時にまで行った人もいる。

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2014年7月10日 (木)

夜中の3時

会社に勤めるのを辞め、自営業になってから、特に夏、毎年のように真夜中に目が冴え、朝方になって寝ることがよくありました。

それを更に定着させたのは、ゲリー(ゲリー・ボーネル。私の先生の1人。)の言葉のせいです。地球だと、瞑想するのに最適な時間は、真夜中の3時なのだとゲリーが言っていたせいで、よく真夜中の3時に起きて瞑想をしていました。

元々夏は真夜中に頭が冴えてくる傾向と、ゲリーのその言葉で夜中の3時に瞑想する癖がついたため、今でも夜中の3時には目がパッチリeye してくるのですね。

寝てても、3時前位にはどういう訳か目が覚めたりするのです。

普段、寝るのは得意で睡眠時間も長いのですが、真夜中の3時は目が冴えてくるのです。特に夏に・・・。日中と違って、涼しいですし、静かですものね。

昨日も、今日も・・・・この時間になると目が冴えてくる。朝になってから寝る癖を改善しようと思ったこともあるのですが、なかなか難しいです。だって、目が冴えてくるのですもの!!

真夜中の3時が瞑想に最適なのは、確かエーテル体だったかアストラル体のどっちかが一番活発になる時間だとか、なんとかの理由だったと思います(うろ覚えなので、間違っていたらすみません。)。

仕方ないので、また瞑想でもやります。このブログを書き終わったら、瞑想します。

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2014年5月27日 (火)

耳と体に感謝!!

先月は突発性難聴になって入院し、完治するまで1カ月近くかかりました。

自分の内側の浄化になったこと以外でも、良いことがありました!!

それまで耳の病気になど一度もなったことがなかったのですけれど、先月突発性難聴になったお陰で、耳が敏感になりました。自分がほんの一瞬でもネガティブな事を考えたりすると、耳が反応するのですね。

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2013年10月 9日 (水)

幸せになるコツ

最近、毎日毎日一歩ずつ幸せに、満たされていってるのを感じます。

長い長い道のりだったけど、やっと幸せになるコツがわかってきたみたいです。

インドのアシュラムで歓喜に満ちて暮らしていた頃の私に、毎日一歩ずつ近づいていってます。私たちは、世界で一番幸せな人間かもしれないと本気で思っていた頃の私に。

不幸せになるコツは、生のいろんな事柄に不平不満を言い続け、誰かを非難し、自分自身を嫌うことです。こんな自分じゃダメだとか、こんな欠点があるだとか・・・いろんなことを考えてきました。

自分や人、世界のあるがままを受け入れるようになってきたら、世界がなんだか違って見えるようになってきました。瞑想して、木や空と一体になった感覚・・・あの感覚がほんの少しずつ蘇ってきました。毎日一歩ずつ幸せに・・・。

風がそよそよ木の枝や葉っぱを揺らしているだけで、なんだか幸せで、自分も風になったような感覚・・・。

20年も苦労してきたけれど、幸せになるのってこんなに簡単なことだったんですね。

アシュラムで瞑想して存在と一体になった感覚、至福に満ちた感覚。あれはとっても調子の良い時にしか起こらなくて、それを求めて努力しても努力しても(日本で)全然届かず、ひどい欲求不満に陥り、自分をこっぴどく責めたりしてきました。

でも今はなんだかもうすぐ近くまで来ているような気がします。

焦らず、今後も毎日一歩ずつ歩いて行こうと思います。

幸せになるコツは、あるがままの私で、ただ自分自身でくつろぐことなのかもしれません。

それが今までは一番難しかったのですけれど・・・。

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2009年7月21日 (火)

額の奥が重いです

最近、スクール専科の課題である、「第3の目のチャクラを開く」テクニックを毎日やっているせいか、額の真ん中奥が重いというか、痛い(?)というか・・・そんな現象が起こっています。

額の奥が重いよお~。額の奥にゴルフボール半分位いだったり、もっともっと小さい範囲だったり、その時によって大きさが変わるのですけど、なんだか重くなる箇所があるのです。

まあ、そのテクニックが効いているのでしょうけど、リーディングの仕事をしている時に、以前と比べ、いろんなことがわかるようになった様子や感覚は特にありません。今まで通り?

頭痛ともまた違うし、この重いのは、いつまで続くんだろう??

そしていったいいつになったら、リーディングがすごく上達したと思えるのだろう?

(注)この「第3の目のチャクラを開く」テクニックは、スクールのカリキュラムに沿ってやっているスクール生のみに教えてもらったもので、一般公開は出来ません。問い合わせてもらっても私のほうから教えたりは出来ません。

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2009年6月19日 (金)

気のゆるみ

本を読んでいたら、瞑想について説明している箇所でとても興味深い文章が書いてありました。

 (観想の)対象を維持し続けている間、あなたの心には次の二つの特性が必要です。①対象だけでなく意識のきわだった鮮明さ、②観想の対象に一点に集中していることです。これらの特性を養うにあたり、気のゆるみ(惛沈・こんじん)と昂奮(掉挙・じょうこ)という二つの要素が邪魔をします。対象の鮮明さを養うのを妨げるのが気のゆるみであり、対象に集中することを妨げるのが昂奮です。  気のゆるみとは、心があまりにもリラックスしすぎ、ゆるみすぎて、集中力の欠けた状態をいいます。心の緊張が弱くなりすぎているのです。気のゆるみの直接的原因は昏睡であり・・・(続く)。

私の場合、瞑想している最中に、気がゆるんで心があまりにもリラックスしすぎ、ゆるみすぎ、脱力しすぎで、力や気力がなくなって眠りこんでしまうことがよくあるのです。瞑想中に眠くなって寝てしまう人というのは多いと思いますが、私は普段でも(瞑想中でなくても)そういう風になんだか力や気力が抜けて、寝てしまう癖がまだあります。

スクールでいろいろ癒してきたお陰で、かなり頻度や時間は減り、1日中とか何日間か寝続け、頭がガンガン痛くなるまで眠ってしまうというのはなくなりましたが、やはり寝るのは好きだし、やる気や力が抜けてくるとやっぱりスヤスヤと寝てしまうのですね。胎児に戻った気分で、眠り始めはとても心地がよいのです。一種の逃避癖なのでしょうね。

普段でも瞑想中でもなのですが、気力と力が抜けてきて、脱力感が進むと、だんだん意識がもうろうとしてきて、ついには横になってスヤスヤ眠ってしまうことがあるのです。これは「気のゆるみ(惛沈・こんじん)」のせいだったのですね。

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2009年6月 8日 (月)

慈悲の瞑想

スクールの課題で『思考を止めて~分間集中する』というエクササイズが沢山あるのですけど、思考があちらupwardleftこちらdownグルグルと頭の中を駆け巡ってしまい、困っていたので、4月12日(日)に北区赤羽根会館でやっていた、ヴィパッサナー1日瞑想の会に参加してきました。呼吸に意識を向けるこの瞑想をやっていると、いつもと違い、思考も落ち着いてきて、とてもよかったです!!

ヴィパッサナー瞑想は、インドのアシュラムで時々やったことがあったのですけど、インドでは瞑想のやり方を2~3分で教わってやっただけだったので、思考はあっちこっち飛び放題、全然ちゃんと出来ていなかったことが判明しました。

4月に参加した東京瞑想会では、先生がとても親切丁寧に半日かけていろいろヴィパッサナー瞑想を教えてくれます。1人1人に瞑想法の質疑応答もしてくれ、とても有意義でした。最初にこちらを受けてれば、ちゃんとした瞑想法がわかったのに・・・。私がやった今までのヴィパッサナ瞑想。あれは何だったんだろうかって思ってしまいました。

教えている地橋先生はとても優しく、丁寧親切に初心者の人にも教えてくれますので、もし興味がある人は参加してみてください。朝日カルチャーでも教えてるみたいですよ。

グリーンヒル瞑想研究所

ヴィパサナ瞑想も良かったのですが、最後のほうにやった『慈悲の瞑想』とてもよかったです。自分の幸せを願うというのは当然ですが、この慈悲の瞑想は、自分が嫌いな人々、自分を嫌っている人々・全ての人々の幸せを願い、悩み苦しみがなくなるのを願う瞑想なのですね。

普段、嫌いな人などにはなかなか優しく出来ませんが、この慈悲の瞑想の時だけは、自分が嫌いな人に対しても幸せを願うことが出来て、びっくりしました。一時的に出来ただけですけど、普段そのようにはなかなか思えないので、この瞑想会に来ている雰囲気と瞑想の効果だと思いました。

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2008年6月30日 (月)

侮辱と賞賛の影響

皆さんはどんな時に怒り、喜び、悲しむでしょうか?

ゲリーさんが言っていました。

人からの侮辱と賞賛の影響から自由になると、残っている葛藤はもうほとんどないに等しいそうです。

誰かに馬鹿にされた。誰かに怒られた。誰かに非難された。○○さんが冷たい態度だった。無視された。・・・etc.

そのような時に、あなたはどう反応するでしょうか?

怒る?悲しむ?落ち込む?反撃する?怒鳴り散らす?黙っている?気にしない?笑う?元気がなくなる?

相手があなたにどういう態度で接するかは相手の自由ですが、どう受けとめるかは実のところ、あなたの責任になるのですね。

世間には、いろんな人がいます。性格の悪い人、心の狭い人、いい加減な人、ケチな人、傲慢な人、威張っている人、人の悪口を言うのが好きな人・・・その他沢山の人がいます。そして絶えずそれらの人々に影響されるとしたら、幸せになるのは難しくなってしまいます。

自分は何もしておらず、本当に相手が悪い場合だってあるでしょう。でも相手が悪いと、他人のせいばかりにしていると、自分の問題や葛藤は一向になくなりません。

相手がある態度で接してきて、あなたが腹を立てたり、悲しんだりした場合、客観的にみて相手が悪い場合でも、相手に反応して怒ったとしたら、それはある意味ではあなたにも責任があるということです。

なぜあなたは、怒ったり、悲しんだりしたのでしょうか?

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2008年2月26日 (火)

瞑想についてのあれこれ

「最近スピリチュアル系や瞑想などに興味を持つ人というのは、もしかして本やインターネットに書いてある内容を読んで瞑想を実践したりしているのだろうか?」

ブログなどを読んでいると、あれこれ瞑想を試してみて、一生懸命、自分なりに努力し、手探りで頑張っていたりする様子などが書かれてあるのを見かけることがあります。

なんか、すごいなあ。大変そうだなあ・・・・・。頑張ってるなあ・・・。

私も高校の時に瞑想のことが書かれてある本などを読んでいました。でも本に書いてある瞑想の方法などを試してみても、全然よくわからなかったのですね。呼吸に意識を向け、どうたらこうたら~~とか・・・。私は頭で理解するより、何か体験して理解するタイプなので、本を読んでも全然ピンときませんでした。

本を読んでやってみても全然よくわからなかったので、高校2年の時に母と一緒に横浜で開催の3日間位の泊り込みの瞑想キャンプに参加してみました(当時大阪に住んでいました)。そこで初めて、1日中いろんな瞑想をやってみたのですね。瞑想法を教えてくれる人がいて、瞑想の方法はわかりました。

でも瞑想って、1回やっただけで何か効果がある場合もありますけど、3日間やった位では何も変わらないような・・・・瞑想をやると、ちょっとリラックスするような、しないような?そんな感じでした。これじゃあ、よくわからないということで、高校卒業してすぐに母と一緒にインドへ旅立ったのでした。

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2008年1月18日 (金)

理由なしに満たされる

3連休と今週末の土日はスクールの日です。

今月からいよいよアカシックリーディングに入りました。

まだアカシックに入れているのか、ちゃんと答えが来ているのか確信はないけど、1/13(日)にスクールでアカシックに入るための瞑想をした時に、とても満足した、満たされた状態になりました。理由もないのに、とても気持ちよく、幸せでした。

眠っていて起きた時に、たまにこのような状態になった(今までは、1ヶ月~2ヶ月に1度位の頻度で)ことがあり、特に幸せな出来事があったわけでもないのに、クラクラする位、幸せで満たされた気持ちになるのですね。

13日の日は、そこまでは強くないのですけど、とても満たされて幸せでした。嬉しいことや特別な理由なしに満たされるというのは、素敵な体験でした。

何か理由があって幸せなのなら、その外側の状況が変化したときに、その幸せはなくなってしまいます。

例えば、恋をして、相思相愛で盛り上がっている時にその幸せを感じるのなら、その恋愛のピークの時点から、下がって来たとき、少しずつ冷めて来た時、徐々にその幸せの絶頂からは下がってくることになります。

相手が自分をその時ほど愛してくれなくなったり、お亡くなりになった場合には、その幸せはどこかにいってしまい、逆に不幸になってしまうのですね。

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