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2010年6月 1日 (火)

愛の源泉

世間一般で言われている愛の定義とは全然異なったことを私は仏陀フィールドで教わってきました。それを自分で実践するのは難しくても、世間で言われている愛というのが『本当の愛』ではないことだけは理解しました。

相手を束縛したり、操作すること、所有、嫉妬と愛とは何の関係もありません。仏陀フィールドで、コミューンでは、嫉妬は『自分のエゴ』だと教えられてきました。本当の愛とは、相手に何の条件も付けずに、完全な自由を与えることです。

自らの内側に愛の源泉を見いだした人々は
もはや愛されることを必要としない
だが、彼らはまさに愛される

彼らが人々を愛する理由は簡単だ
ただあり余る愛を持っているからだ
何の見返りも期待せずに
まさに雨雲が雨を降らせたいと望むように
まさに一輪の花がかぐわしい香りを放ちたいと望むように
愛の報酬は愛を得ることにあるのではなく
愛すること自体にある

愛するだけで報われている人は大勢の人に愛される
それは生の神秘だ
なぜなら、その人に接することによって
人々は少しずつ自分の内側に愛の源泉を見つけはじめるからだ
愛を降り注ぎながら
しかも、その愛がどのような必要からも生じていない人―
彼らは今、少なくともひとりは、そのような人を知っている

愛を分かち、愛を降り注げば
愛はさらに育ってゆく

 ゴールド・ナゲッツ OSHO

自分の内側に愛の源泉を見いだすこと。そして、愛を分かち、降り注げば、愛はさらに育っていくこと。それらを感じながら、育ってきました。自分で実践するのはとても難しいですけどね。覚醒しないとそれは無理です・・・。

でも、覚えておいてください。本当の愛は、嫉妬や所有とは何の関係もなく、条件も一切なしだということを・・・・。

あなたが愛しているなら
何の条件も付けるべきではない
愛していないなら
条件を付けるあなたとはいったい誰だろう?

どちらにしても明白だ
愛しているなら
条件を付けることなど問題外だ
あなたは相手のあるがままを愛する
愛していないなら
それでも問題はない
相手はあなたにとって誰でもない
条件を付けることなどあり得ない
相手は何でも望むことをしてもかまわない

嫉妬が消滅し、しかも愛が残るなら
あなたは人生において
持つに値する確固たるものを手に入れたことになる

  ゴールド・ナゲッツ OSHO

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コメント

愛…は~、このテーマも最近ずっと考えていたことです。
愛されるより、愛すること 聖フランチェスコの言葉にもありますよね。

この頃は、自分を愛することによって、
本当の愛を他の人にも与えること、愛する ことができるのだろうなと感じています。

…自分、です。
どこまでも自分……(ToT)/~~~
(最近の現状伝わっているでしょか 笑) 

投稿: SAYA | 2010年6月 3日 (木) 11:02

SAYAちゃん

「愛されるより、愛すること」
素敵な言葉ですね。

でも愛されるのも必要ですよね。

「愛すること」
実践できるように頑張ります。

投稿: あまりん | 2010年6月 6日 (日) 17:23

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