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2010年1月14日 (木)

豊かさと欲望について

「豊かさについて」「現実化」「願いを叶える」等について、スピリチュアル系でもよく取り上げられているのを見かけるかと思います。

私の意図している「豊かさ」や「願いを叶える」の意味は、世間で言われている願望達成や成功、金持ちになることとは少々意味が違います。

私個人の意図している『豊かさ』というのは、『自分がどこか満たされていないから、何かが欲しいと現実化させる』とか『誰かと競争して、誰かを搾取して、蹴飛ばして成功や富を勝ち取る』という意味ではありません。

欲望というのは、キリがありません。自分の内側の何かが満たされていないから、何かの物質や事柄を引き寄せるというのは、自分の葛藤の部分が作用して現実化したものになりますので、実際にお金や豊かさが手に入ったとしても、ある意味、満たされません。
 自分の内側が豊かでなかったら、大金持ちでも、どんなに豪華な豊かな生活をしているように見えても、内側では貧しいのです。

自分の内側が満たされていないと、その代用として、富や権力を求めるのです。人間の欲望というのはキリがなく、目標としていたものが手に入っても、もっともっと金持ちに、もっと素晴らしい家に住みたい、素敵な男性や女性を手に入れたい、もっともっとと限りなく欲しがり、満たされることがありません。

こんな話しがあります。

  Desire    欲望  

あなたを幸せにしてくれるものを、あなた自身の外側に探し求めるのをやめるときです。内側を見なさい。

 非常に有名なスーフィーの物語がある。
 ある皇帝が、宮廷から朝の散歩に出たところで、乞食に出会った。彼はその乞食にたずねた。「お前はなにが欲しいのかね?」
 乞食は笑って言った。「お前はまるで私の欲望を満たすことができるかのようにたずねるのだな!」
 王は気を悪くした。彼は言った。「もちろん私はお前の欲望を満たすことができる。なにが望みなのか?私に言ってみるがいい」
 ところが乞食は言った。「なにかを約束する前にもう一度考えるがいい。」その乞食は普通の乞食ではなかった。彼は皇帝の過去生でのマスターだった。そして彼はその生で約束をしていた。「私は、お前の次の生に現れて、お前を目覚めさせてみよう。この生をお前は見逃した。だが私はもう一度来ることにしよう」だが王は完全に忘れていた一一誰が過去生を覚えているだろう?そこで彼は強く言った。「お前が求めるものならなんでも私はかなえてやろう。私は非常に力のある皇帝だ。お前に求めることのできるもので、私が与ええられないものがありえようか?」

Photo_4  乞食は言った。「とてもシンプルな欲望だ。ここに乞食椀があるだろう?それをなにかで満たすことができるかね?」
 皇帝は言った。「もちろんだ!」彼は大臣のひとりを呼んで、彼に告げた。「この男の乞食椀を金でいっぱいにするかいい」大臣はいくらか金をもってきて、それを椀に注ぎ入れた‥…するとそれは消えてしまった。彼はさらにさらに注いだが、注ぎ入れるやいなや、消えてしまう。そして乞食椀は常に空のままだった。
 宮廷中が集まってきた。やがて噂が都中に広まって、大群集が集まった。皇帝の名声は危うくなった。彼は大臣に言った。「王国全体が失われることになっても、私にはそれを失う用意がある。だがこの乞食に負けるわけにはゆかないのだ」
 ダイヤモンドや真珠やエメラルド………彼の財宝は空になろうとしていた。その乞食椀は底なしのように思われた。そのなかに入れられたものはなんでも-なんでもだ!一一すぐに消えてしまった。存在からかき消えた。ついに日が暮れて、それでも人ぴとはまったく沈黙してそこに立ちつくしていた。王は乞食の足下に崩れ落ち、自分の負けを認めた。彼は言った。「ひとつだけ教えてください。あなたは勝利をおさめましたーーでも、去られる前に、私の好奇心を満たしてください。この乞食椀はなにで出来ているのですか?」
 乞食は笑って言った。
「それは人間のマインドで出来ている。秘密はなにもない……人間の欲望で出来ているだけだ」

 人は、ある欲望から別の欲望へと動きつづける。そうやって人は乞食のままでいる。あなたの生全体が繰り返し繰り返しそれを証明する-あらゆる欲望は挫折する。そしてゴールが達成されるとあなたは別の欲望を必要とする。欲望というもの自体失敗に終わるものだとあなたが理解する日、あなたの生における変り目が来る。
 もうひとつの旅は内的だ。内に向かうがいい、家に帰るがいい。

   OSHO NEO-TROTより 

私が意図する「豊かさ」というのは、内側でとても豊かであるため、外側も豊かになっていくことです。精神的な人はお金や物質的な豊かさを持ってはいけないと思われている時代がありました。それは富や権力を持つと道を誤る人が多かったせいかもしれません。

でも今の時代は、文明が発達してきていろいろ便利に豊かになっていますので、精神的に豊かな人も、物質的に豊かになって、社会に貢献する時代なのではないかと思います。何もお金を持つことを放棄し、世俗と離れて精神世界に入ったり、僧にならなくてもよいのです。この世間に居ながら、精神的にも物質的にも豊かになる時代だと思います。

 豊かであるための豊かさには葛藤がありません。パワーを行使するための富は葛藤でいっぱいです。葛藤があるところには悲しみがついてきます。富に葛藤がなければ、富裕と喜びは手をつないでやってきます。歓びとは単に、葛藤がない状態のことです。

 欲望は想念とフィーリングが瞬間の中で一つになるとき、消えていきます。欲望は内面の葛藤を映し出したものです。葛藤----つまり思考と気持ちが乖離(かいり)している状態です。
 歓び。思うことと感じることが一致した状態。潜在意識と顕在意識が一つになり、想念が意思のセンター(のどのチャクラ)を通して、声の刺激に乗せて地球のエーテル体へ表現される。その声の指令はこの次元の目に見える力、見えない力により実行されます。非物質的物質に含まれるエネルギーが形をすぐに形成するように働きかけます。

 アトランティスの叡智 ゲリー・ボーネル(著) より抜粋

本当に豊かな人というのは、例え貧乏な生活をしていたとしても、内側ではとても満たされています。

私が意図する「豊かさ」は、内側と外側の両方です。どちらかと言われれば、内側の豊かさを優先させます。死ぬ時に、自分の衣服、家など物質的なものは何も持っていけませんから・・・。そして、外側の物質や地位や名声を得ることだけに一生懸命になっていると、一生かかっても、もしかしたら何百生あっても足りません。世界は広いですし、いろんな物で溢れていますからね。

でも食べるものも住むところもなく、飢えている人達が内側の豊かさを求めるのはやはり難しく、まずは充分な食事のほうが先になるでしょう。食べるものもなく、生活するのがやっとの苦しい状態で心が安らぐというのはやはり難しいです。

ですので、内側と外側の両方が豊かになるよう、両方から働きかけるよう、調整していければと思います。

私なりの解釈の『自分の本当の願い』というのは、満たされていない、欠如のエネルギーや葛藤から来る願望達成とは違います。本当の自分でないものを追い求める願望ではなく、ありのままの自分とつながり、潜在意識と顕在意識、身体意識と魂意識が一つになり満たされ、喜び、満たされているため、自然と外側の物質的な「豊かさ」も呼び寄せるのです。本当の自分に、魂に戻ること、それが本当の願いです。

1月26日(火)昼に「願い事マップ作成」というミニセミナーをやりますが、それは世間一般的な願望達成のためにやるというのではなく、内側と外側の両方の豊かさを意図しています。

「内側にある葛藤」に気付き手放せば、その漏れていたエネルギーが今度は創造のエネルギーに変わってきます。ですので、1月19日(火)の「葛藤のマップ作成」のミニセミナーとセットになっています。※もちろんどちらかのセミナーのみでも大丈夫です。

現時点でまだ募集中ですので、ミニセミナーに興味のある方は、1/3記事 「最近の癒しの方法と1月のお知らせ」をご覧下さい。

内側の豊かさというのは、誰かが豊かになったから、自分は貧しくなるということはありません。

皆で分かち合いながら、皆で一緒に楽しく、精神的にも物質的にも豊かになっていきましょう!!

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