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2009年6月20日 (土)

6月と7月のゆとりろんでの予定

いくらなんでも当日お知らせじゃ、遅いですよねぇ~!!coldsweats02 gawk coldsweats01

でも今までにも2回程、前日にお知らせを書いて、それで来てくれたお客さんがちゃんといた(2回共)ので、一応書いておこうっと~。

おほほほほっ~heart04 (こうなったら笑ってごまかすしかない・・・)

<お知らせ>

お知らせが遅すぎて申し訳ございませんがcoldsweats01本日は中野の『手当て+かふぇ ゆとりろん』にいます。 ミニリーディング等をやっている時以外は、皆さんと雑談したりしています。お茶を飲みに来るだけでも結構ですので、気軽に遊びに来てくださいね。(ミニリーディングも特に予約の必要はありませんので、直接手当てカフェにお越し下さい。)

【日程】6月20日(土)、7月25日(土)
【時間】12時~20時
【場所】JR中央線・東西線 中野駅(東京都中野区)から徒歩3分
         東京都中野区中野5-36-1 手当て+かふぇ ゆとりろん

  HP 手当て+かふぇ              

  手当て+カフェ ブログ http://teatecafe.jugem.jp/
ゆとりろん地図

お試しリーディングをしてみたい方は、下記のメニューもやっています。

★ミニリーディング(15分3000円)・(30分6000円) 飲み物付き。
(透視リーディング)。

 透視リーディングの体験版です。恋愛、人間関係、仕事、健康、前世、スピリチュアル関連など何か特定の質問に透視(前世含む)でお答えします。

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2009年6月19日 (金)

気のゆるみ

本を読んでいたら、瞑想について説明している箇所でとても興味深い文章が書いてありました。

 (観想の)対象を維持し続けている間、あなたの心には次の二つの特性が必要です。①対象だけでなく意識のきわだった鮮明さ、②観想の対象に一点に集中していることです。これらの特性を養うにあたり、気のゆるみ(惛沈・こんじん)と昂奮(掉挙・じょうこ)という二つの要素が邪魔をします。対象の鮮明さを養うのを妨げるのが気のゆるみであり、対象に集中することを妨げるのが昂奮です。  気のゆるみとは、心があまりにもリラックスしすぎ、ゆるみすぎて、集中力の欠けた状態をいいます。心の緊張が弱くなりすぎているのです。気のゆるみの直接的原因は昏睡であり・・・(続く)。

私の場合、瞑想している最中に、気がゆるんで心があまりにもリラックスしすぎ、ゆるみすぎ、脱力しすぎで、力や気力がなくなって眠りこんでしまうことがよくあるのです。瞑想中に眠くなって寝てしまう人というのは多いと思いますが、私は普段でも(瞑想中でなくても)そういう風になんだか力や気力が抜けて、寝てしまう癖がまだあります。

スクールでいろいろ癒してきたお陰で、かなり頻度や時間は減り、1日中とか何日間か寝続け、頭がガンガン痛くなるまで眠ってしまうというのはなくなりましたが、やはり寝るのは好きだし、やる気や力が抜けてくるとやっぱりスヤスヤと寝てしまうのですね。胎児に戻った気分で、眠り始めはとても心地がよいのです。一種の逃避癖なのでしょうね。

普段でも瞑想中でもなのですが、気力と力が抜けてきて、脱力感が進むと、だんだん意識がもうろうとしてきて、ついには横になってスヤスヤ眠ってしまうことがあるのです。これは「気のゆるみ(惛沈・こんじん)」のせいだったのですね。

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2009年6月 9日 (火)

愛と執着

「感情と思いやり」「愛と執着」について、ダライ・ラマの本に載っていたので紹介します。

愛と慈悲の心とは、いったいどういう心なのでしょうか?

そしてこれと似た感情に執着がありますが、執着とはどういう心なのでしょうか?

 愛と執着という二つの感情は、他者に対する親密な感情をもっているという点で、とても似た性質をもっていますね。そしてもちろん、親密な感情に加えて、相手に対する関心と思いやりも存在しています。それではこの二つの感情の違いは何なのでしょうか? 

 本当の意味での愛と慈悲は、偏見のない心です。しかし、執着は偏った見方をする心なのです。さらに、愛と慈悲の心は智慧と密接に結びついていますが執着は煩悩に、究極的には無明に結びついているのです。

 ほとんどの宗教は、愛と慈悲がいかに大切であるかを説いていますね。そこで説かれているのは本物の愛と慈悲のことですから、その教えには忍耐の心を養うこともともに説かれています。

 しかし、執着は偏見に基づいた心なので、ある特定の人にだけ執着をするわけですから、その他の人たちに対しては距離を置いていることになります。そこで、執着と怒りとは同時に起こってくるのです。なぜならば、これらの感情は偏見に基づいているため、自分の好きな人に対しては執着心を起こし、嫌いな人に対しては嫌悪の心を起こすからです。偏見に基づいた心は、実際のありようをゆがめて見てしまいます。

 本当の意味での愛と慈悲は、決して怒りの心とともに起きてくることはありません。本物の愛と慈悲は、現実を広い目で巨視的に見ているため、偏見をもつことはなく、怒りの心が生じる余地もありません。

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2009年6月 8日 (月)

慈悲の瞑想

スクールの課題で『思考を止めて~分間集中する』というエクササイズが沢山あるのですけど、思考があちらupwardleftこちらdownグルグルと頭の中を駆け巡ってしまい、困っていたので、4月12日(日)に北区赤羽根会館でやっていた、ヴィパッサナー1日瞑想の会に参加してきました。呼吸に意識を向けるこの瞑想をやっていると、いつもと違い、思考も落ち着いてきて、とてもよかったです!!

ヴィパッサナー瞑想は、インドのアシュラムで時々やったことがあったのですけど、インドでは瞑想のやり方を2~3分で教わってやっただけだったので、思考はあっちこっち飛び放題、全然ちゃんと出来ていなかったことが判明しました。

4月に参加した東京瞑想会では、先生がとても親切丁寧に半日かけていろいろヴィパッサナー瞑想を教えてくれます。1人1人に瞑想法の質疑応答もしてくれ、とても有意義でした。最初にこちらを受けてれば、ちゃんとした瞑想法がわかったのに・・・。私がやった今までのヴィパッサナ瞑想。あれは何だったんだろうかって思ってしまいました。

教えている地橋先生はとても優しく、丁寧親切に初心者の人にも教えてくれますので、もし興味がある人は参加してみてください。朝日カルチャーでも教えてるみたいですよ。

グリーンヒル瞑想研究所

ヴィパサナ瞑想も良かったのですが、最後のほうにやった『慈悲の瞑想』とてもよかったです。自分の幸せを願うというのは当然ですが、この慈悲の瞑想は、自分が嫌いな人々、自分を嫌っている人々・全ての人々の幸せを願い、悩み苦しみがなくなるのを願う瞑想なのですね。

普段、嫌いな人などにはなかなか優しく出来ませんが、この慈悲の瞑想の時だけは、自分が嫌いな人に対しても幸せを願うことが出来て、びっくりしました。一時的に出来ただけですけど、普段そのようにはなかなか思えないので、この瞑想会に来ている雰囲気と瞑想の効果だと思いました。

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