« 古民家カフェ ディーチャイ | トップページ | 電話と郵便物 »

2007年9月 1日 (土)

インナーチャイルドを癒す過程

私は、寝るのが大好きです。

「趣味=寝ること」じゃないかと思っている位です。

小さい頃から寝るのが大好きで、寝ている時は、フワフワと心地のよいところ、幸せな気分が味わえるからです。

実は一種の逃避も含まれていて、週末の特に何も用事のない時は、死んだように寝続けるということもやっていました。よく金曜の夜に寝ると、起きたらなぜか日曜の夕方になっていたりして、1日飛んでいるという眠りっぷり!!何十時間でも眠れたのです。ここまで寝ると、頭痛がし、まる1日以上食べていないので、起きあがって歩くと、フラフラして貧血になるのでした。頭痛がしても更に眠り続ける・・・これは、私の小さい頃からの現実逃避だったんですね。

寝るのが心地よくて幸せな時と、寝すぎで苦しむの時の2種類ありました。

ミスティカルノウイングのスクールで、いろいろ自分を掘りおこしている内に、無気力になり、私が寝続けて苦しむ癖がついた原因がわかりました。

私の父は、人とコミュニケーションが出来ないタイプだったので、家庭でもほとんど会話がなく、よく重苦しいドンヨリした空気が漂っていました。

たぶんとても小さい頃に、話しかけたり、寄っていったら、父にうっとうしがられたりしたことがあったのではないでしょうか。

私が話しかけてうっとうしがられた現場は思い出していませんが、母側の親戚に対する父の態度はいつもそうでした。親戚が気遣ってあれこれと父に話しかけると、よくうっとうしそうに拒否していたので、私にもやっていたのだと思います。

父は6人兄弟でした。農家の子供で、両親はいつも農作業などで忙しかっただろうし、父の父親(私にとっては、おじいちゃん)は無口な人で、子供を抱っこしたりするような人ではなかったそうです。

そういう家庭環境のせいなのか、母の話によると、父は私を抱っこするのを嫌がったそうです。自分が父親にされたことがないので、自分も出来ないのですね。母が私を抱っこさせようとすると、嫌がって拒否したそうです。

おじいちゃん(父のほうの)は無口でしたが、とても温和で優しい人でした。そしておばあちゃんもとても優しい人です。

父は、おじいちゃんの無口な部分だけ変に取り込んでしまったのでしょうか。

スクールで、親とのことを理解する作業の中で、こんな内容が浮かんできました。

「私は、いつも黙っていなければならない。」

「私は、いつも静かにしなければならない。」

「私は、おとなしくするべきだ。」

「生き残るために、私は静かにせねばならない。」

たぶん両親は、子供に対し、静かにしろと言ったことはあまりないと思います(妹と騒いでいる時以外は)。

真実に近い推測になるかと思いますが、話しかけたりすると、父がうっとうしそうな態度で拒否したので、私は自然と喋らないようにした。自分の事を話さないようにした。黙っているようにしたのではないか?そして黙っているのが、だんだん自分の性格の一部となっていき、だから私は無口になり、学生時代あんなに辛かったのではないか?小学校高学年になると、私は人と喋りたくても何を話してよいのかさえわからないような人間になっていたのです。

8月のスクールでわかった、私のトラウマになった原因。その根っこから、不幸の種が増えていく様子(学生時代)、インナーチャイルドが癒されるまでの過程を書いてみました。(長文ですいません)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

最初(赤ちゃんの頃)は、ありのままの私だった。私が話しかけたりすると、父は私を受け入れてくれなかった。拒否された。

   ↓

父が受け入れてくれなかったので、ありのままの自分でいてはいけないような気がした。とてもショックを受けたので、自分自身を受け入れることも出来なくなった。

   ↓

ありのままの自分でいられなくなったので、落ち着かない。不安だ。自信がない。

   ↓

父に対して話しかけるのは、たぶん随分小さい頃に諦めた。落ち着きがなく、常に不安で、自信のない性格、無口な性格が形成されていった。

   ↓

成長するにつれ、会話のない子供の頃の家庭の雰囲気が辛く、寝り込んで逃避するようになった。

   ↓

小学校高学年には、私は学校でとても無口な人間になっていて、人とコミュニケーションが出来ず、辛かった。喋れないことから、劣等感を抱くようになった。家庭でも学校でも楽しくないので、空想癖、暇があれば何十時間も寝てしまう癖がついていた。

   ↓

学生の頃は、人とうまく喋れないこため、人間関係で悩み、ひどく辛かった。あまりに辛かったので、高校を卒業し、母とインドへ旅立った。そこからは、徐々に癒されていった。

   ↓

インドでは、スピリチュアル系のワークショップも受け放題。自分自身を愛してくれたり、癒される環境、瞑想のスペースがあったので、楽しかった。でも日本に帰ってくると、元の自分が戻ってきた。仕事をする中で、徐々に会話できないこと、同級生とのトラウマを癒していった。

   ↓

ある人物がきっかけ(鍵)となり、トラウマになっていた、父との関係性から来る、眠っていた感情が大爆発。泣いたり、怒ったりと大変だった(2006年1月~4月)。2006年3月終わりで派遣の仕事が終了した。トラウマになっていた感情が解放されてくると、急に自信が出てきて、2006年5月にリーディングで開業。「私は事務の仕事しか出来ない。」そう思い込んでいたのが消え、開業した。トラウマを解消すると、こんなに現実が変わるものなのかと実感。

   ↓

父との関係性についても大人の私は理解していたが、無意識や潜在意識の中にまだ癒されておらず、苦しんでいる子供(インナーチャイルド)がいることに気付いた。ましにはなってきていたが、まだ眠り込んでしまう癖が残っていた。スピリチュアル系の仕事をするようになり、大きな外側の問題は何もないにも関わらず、無気力になって眠り込む癖がまだ残っていた。今年の5月~7月にかけて、無気力になる癖(眠り込む癖)と戦っていたようなかんじ。無気力に陥る時には、それは止められない。眠り込んで苦しいのだけど、止めれらない。内側から何かいろいろ出てきていて、胸の辺りに発疹が出たり、なにやら辛い感情が出てきた。

   ↓

ミスティカルノウイング・スクール 7月に開始。感情を解放していくブリージングを教わり、今までよりもずっと早く何かよくわからないネガティブな感情を解放できるようになった。宿題で、親と話す必要のあるワークがあり(実は今週の宿題)、それについてゲリーさんに質問した。父とは普通の会話はもちろん、挨拶ですら出来ないような人なので、どうやってその宿題をすればよいのかという質問であった。父と最後に会った時のこと(※父は生きています)を話している内に、その出来事を思い出し、怒りと悲しみが出てきた。その話を皆の前でした後に、後ろに座っていた男性にその件(父のこと)で話があると言われた。私にとっては悲しい出来事(久しぶりに会ったのに会話は5分で終わり、挨拶ですら返してもらえない)だったが、父は父なりに精一杯のことをやったのではないかという、意見だった。私は怒りに燃えていたので気付かなかったが、その男性の意見を聞き、そうかもと思えた。その出来事は、私のトラウマになっていたので、父に対する新たな見方が出来て少し楽になった。

   ↓

ミスティカルノウイング・スクール 8月(8月25日~26日)。7月からの宿題と今までの復習のグループワーク。個人個人に対しては、喋れるようになっていたけど、沢山の人の前で話すことは極度に出来ない(してはいけない?)と思っている自分に気付く。私のトラウマの根っこ(父からの拒否)に気付いたことにより、2日間の中でも楽になってきて、26日には、発言も出来るようになってきた。70人の輪の中で発言はしなかったが、最後の方では、何かもし意見があれば発言出来るような状態にまで変容した。無気力になった大元の原因がわかったので、楽になった。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

まだトラウマの残りカスはあるようで、夢にちょっと出てきたりはしていますが、7月までのように月の半分は無気力になってしまい、その時期は仕事もする気が起こらず、眠り込んだりもするのは、なくなったように思います。特に外側で問題がないのに、無気力になって何も出来なくなるのは、大きな問題でした。

今、やっと普通に戻ってきたってかんじでしょうか?眠り込んでしまう自分もOKだよ、子供の頃の私はそんなに辛かったんだねと優しく受けとめることが出来る様になりました。私の人生は、これからですね!今まで無気力になって眠り込むことで、かなりの時間を浪費していましたから。「寝るのは大好きです。」今後は、何十時間も寝続けて辛いのはなくなり、「寝るのは大好き」な部分だけでやっていけそうです。

寝てて幸せな私の様子です ↓

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

インドの長距離バスだったか、マレーシアからバンコク(タイ)に向かう長距離バスだったかどちらか忘れましたけど、たまたま私が乗った座席のディクライニングが壊れていたことがありました。

座席のディクライニングが壊れているとどういう事になるか想像できるでしょうか?

椅子の背もたれが固定されてない(壊れている)ので、バスが走っているとガタガタと5センチ~10センチ背もたれが前後するのです。背もたれがガックンガックンと常に動くのですね。

さあ、それでどうなったか?

長距離バスですることもないので、私は寝ました!!

熟睡!!

動く背もたれなど、私の眠りには関係なかったのですね。爆睡です。

私の隣りの座席の人は、枕が変わると眠れないタイプの人だったらしく、そのガクガク揺れる座席で熟睡している私を見てびっくりしていたそうです。

爆睡!!

熟睡は出来ましたが、起きた時には、なぜか首と肩が痛くなっていました。

「あれ~?首と肩がなんだか痛いけど?」

まあ、あれだけ揺れていりゃー、当然でしょうか。でも熟睡出来ました。

結構どこでも眠れるタイプで旅には便利です。

熟睡タイプなので、良いことも多いのですけど、それがマイナス(?)になることもあります。※マイナスといっても、熟睡できるという意味では幸せです。

前世退行のCDなんかは、私には効果がほとんどありません。聞いていると、すぐに熟睡してしまうのです。心地よく、すぐ寝てしまいます。前世退行のCDは、子守唄になってしまうのですね。熟睡できたなあとは思いますけど、CDでは前世にはいけません。

グループ退行や誘導瞑想の時もよく寝てしまいます。グループでやる誘導系のものは、すぐ寝くなってしまい、80%の確率で眠り込んでしまいます。

私はセミナーとかで合計したら、どれだけこれで寝てしまったことか!!最初と、なぜか最後のほうだけ目が覚めるのですけど、ほとんど意識がありません。

「今、どこにいますか?何が見えますか?」

そんな風に私だけに語りかけてくれる前世療法士でもついてないと、すぐ寝てしまいます。

人にもよると思いますけど、熟睡タイプの人は特に前世退行のCDなんかはあまり効果がない(寝てしまう)かもしれませんね。自分がすぐ寝てしまうタイプなので、人に前世退行のCDはおすすめしませんが、眠れるというのは、幸せです。

今後も熟睡するぞ!!

あと、体外離脱なんか出来るようになると、もっと楽しいかもしれませんね。頑張ります。

|

« 古民家カフェ ディーチャイ | トップページ | 電話と郵便物 »

ゲリーさん関連&アカシック」カテゴリの記事

癒し&ヒーリング」カテゴリの記事

コメント

あまりんさん、とっても良いお話でした。
ご自分の気づきの過程に気がつくって、大きな進歩ですよね。オメデトウ!
今週の宿題はとってもハードでしたが、やってみることで私にも大きな気づきがありました。
これからも一緒に自己の解放を頑張りましょう!

ちなみに私も寝るの大好き!

投稿: hitomi | 2007年9月 2日 (日) 08:40

あまりんさん こんにちは。リーディングとワークは一度受けさせて頂きましたが、コメントを書くのは初めてです。毎回、あまりんさんのブログとはシンクロでびっくりです。私も眠り姫の様によく眠るのです。今日も、やることはいっぱいあるのに、丸一日眠っていました。正直、なんで私ってこんななんだろう。。と少々落ち込み気味でした。時間を無駄にしてるような。でも、ブログを読んで、私の場合は、会社や将来への不安からの逃避行かもしれないなぁと、気付きました。やるべきことから、逃げているのかも。どうもありがとうございます。私も少しずつでも、進歩して行きたいです。

投稿: emily | 2007年9月 2日 (日) 20:13

私も、シンクロです・・・
金曜の夜~土、日とずっと寝てしまい、
頭痛と罪悪感でうんざりしながら、ふとブログを見ました。私も、学生時代の辛さから、眠り癖がはじまりました。前世退行CDも爆睡します(笑)
過ぎてしまった二日間を思うと、辛いです。

投稿: sachi | 2007年9月 2日 (日) 22:01

私も逃避でよく眠ります。
あまりんさんのお父さんは夫にそっくり。
水色の「私は・・」のところ、そのまんまです。農家だし(笑)おじさんにもおんなじような人がいるらしいです。
夫の家庭環境も、子供の頃色々あったようだけれど、私ではドアを閉められて、そのトラウマを溶かせませんでした。たとえじゃなく、本当にドアを閉めるんですよ。まったくコミニュケーションがとれません。
夫は自分が変わるのは嫌なようだし、でも私もこれ以上は耐えられないので、終息に向けて活動中?です。
DVも借金もない。昔の人はそれでいいと思ってたんだろうなあ。そのおじさんは今も夫婦だし・・。
あまりんさんは抜け出したのですよね。
「天は自ら助くる者を助く」といつも思います。
子供もいるし、がんばらなくちゃ。

投稿: らら | 2007年9月 2日 (日) 22:01

私もです!
私も異常によく寝ます。更に空想癖もあります…
逃避じゃないかな~?と思っていましたが…
やはりそうでしたか~
何が原因なのでしょうか…

ららさん
私も結婚当時、主人と意思の疎通ができずに悩んでいました。
自分とは全く種類の違う人間で、私が「普通」と思うことが彼にとっては普通ではなかったことがよくありました。
宇宙人と結婚したのかと思うほど。
その当時は不満ばかりで、真剣に離婚を考えました。もうだめだ、と思いつめてしまったのです。

その頃ちょうどスピリチュアルな世界を知り、
自分自身を愛する作業をしていたので、
それと同じように主人を愛することにしてみました。
今ままでは、これだけやったんだからこれだけ返してよ、と見返り期待の愛だったんですが(笑)。
折にふれ感謝の気持ちと愛の気持ちを口に出し、
態度や行動で示し、不満は一切口にしませんでした。
もちろん、心の中でくそ~と思うことはありましたが、その都度その思いを開放するように心がけ…(未熟な私には大変でした)

そうするうちに…なんと!主人が変わってきたのです。
とても柔らかく、私の方に歩み寄る姿勢になってきたのです!!
これは自分も驚きました。

今まで謝ったことのない主人が「ごめん」と言い
食器を洗ったことのない主人が、「洗うよ」と鍋を洗い…会社帰りにお土産を買って来たり、毎日とても嬉しそう…

じっくり考えてみると、主人は小さな子供でした。
怯えて怖がって、それを隠すために二重三重に殻をかぶって防御していたのです。
愛されたい!と思っていながら怖くて出せなかったんですね。
それがだんだんと見えてきました。

自分が変われば相手も変わるんだなぁ、と思った
とても身近な例です。
私も最初は相手を変えようとしてきましたが、
できないことに気付きました。
心を凍らせた相手をなんとかしたいと思っても
できないんですね…
それをするのは自分自身なので。

もうららさんは離婚を決めていらっしゃるんでしょうか?
もちろんそれが最善の場合もありますし…形式にこだわる必要もないとは思いますが、縁あって一緒になった人ですし…
相手は自分の鏡だとも言いますし…
何か学ぶものがあるのかもしれないと、
ちょっと気になって書いてしまいました。
余計なお世話ならごめんなさい…(本当にゴメンナサイ!!!!)

お互い、頑張りましょう!!

投稿: さわら | 2007年9月 3日 (月) 16:52

★hitomiちゃん

自分の気づきの過程というのは、大変ですね。
いろんな感情が出てきて、大変でした。
本日やっと宿題の提出をしました(いつも期限ギリギリ・・・)。これを仕上げるまでも、グツグツと嫌な感情が出てきて、なかなかまとめられませんでした。

自己の解放をしていきましょう!お仲間がいて、心強いです。
一緒にこのスクールの課題をやってるというのが助けになります。
hitomiちゃんのブログも毎日のようにチェックしてますよ。


★emilyさん

「やることはいっぱいあるのに、丸一日眠ってしまう」のは辛いですよね。体験者でないとよくわからない悩みです。
「感じたくない感情」があるんだと思いますよ。眠ることで感じないようにしている、不安や恐れに気付くことで、少しずつ寝る時間も減ってくると思います。途中経過では、どうしても眠ってしまい、いろいろ辛いと思いますが、頑張ってください。私も今、このプロセスを通り抜けようとしている最中です。


★sachiさん

私と同じ人もいるのですね!!
あの休み2日間が眠り込んで終わってしまって見る夕日。空虚感・脱力感はたまりません。
いろいろ気付きが出てきたので、金曜の夜~土、日とずっとっていうのは、なくなってきましたが・・・頭痛がしない1日位なら、まだやってしまうことがあります。
抜け出るコツがもっとわかってきたら、また報告しますね。


★ららさん
★さわらさん

旦那様がうちの父とそっくりですか・・・。コミュニケーションがないというのは、かなり辛いですよね。

私が書く前に、さわらさんが素敵なコメントしてくれました。どうもありがとうございます。

「自分が変われば相手も変わる」
このやり方で変わるのがベストだと思いますが、2人の関係性によっては、忍耐力にも限界があるし、無理な場合もあるでしょう。
ちなみに私の母は、父と離婚しました。
お互いそれぞれ良い再婚相手を見つけ、2人ともそれぞれ幸せに暮らしています。

あの無口な父でも、(父の事を)尊敬してくれるパートナーがいれば、変わるのだなぁというのが実感です。私の実母とは無理でしたけど、再婚相手のお母さんは、父のことを尊敬し、よく褒めているようです。あの父を尊敬出来る?!
心底そう思っているのが私には不思議でしたが、でも父の態度も母に対してしていたのとは違うのですね。

お互いの相性の問題もあるとは思いますけど、さわらさんの言う通り、「感謝の気持ちと愛の気持ちを口に出し、態度や行動で示している」とあの頑なな父でも変わるのでしょうね。
私に対しては、同じ態度のままですが(ちょっと悲しい・・・)。

夫婦だと子供の立場とは違い、選べるからよいですね。大きくなるまでは、その家庭から逃げ出しようがないので、逃避で寝込み癖がついたようです。
私も感情の残りかすはまだ残っているようですけど、かなり抜け出したようです。あともうちょっとかな?

「異常によく寝るのと空想癖」
さわらさん、どんな空想をしていますか?
この内容を思い出せば、あなたがどのような願望があるのか、どんな現実が受け入れられず、逃避しているかのポイントがわかるはずです。

ららさん、自分に素直になって、本当に求めている方向へ進んでいってください。

皆で頑張っていきましょう!!

投稿: あまりん | 2007年9月 4日 (火) 20:54

あまりんちゃん、過去記事から
お父さんのことに少しずつ触れてたけど
本格的に掘り起こしにかかったんだねぇ^^
エライなぁ♪
て 思ったよ。
いつも嬉しくなる話 ありがとうね^^
感謝を込めて♪

投稿: びぃナス | 2007年9月 7日 (金) 09:10

びぃナスさん

こちらにもコメントありがとう♪

父とのことは、ほぼこれで解決したように思います。
大元の原因までたどって、感情を解放すれば、こんなに違うんですね。

スクールに感謝です♪
掘り起こすコツなど、文章で思いついたら、報告しますね。

投稿: あまりん | 2007年9月 7日 (金) 16:58

あまりん。
わたしも...ワーク中、眠ることがたびたびでしたが
安心しました。

今日、あまりんの瞑想CDが届きました。
自分の部屋であまりんの声。
オーラソーマ、あまりんと出会ってからの
12年の諸々のことを思い出しました。

あまりんの声に、涙、ぶひぃ〜でした。
尊い出会いだなと感謝です。

明日は、狛犬シスターhitomiちゃんの
オーラソーマ風水セミナーに行きます。

では。

投稿: waka | 2007年9月 9日 (日) 02:55

wakaさん!!

すいませんけど、私はオーラソーマのティーチャーのアマリンではありません。オーラリーディングのあまりんです。
人違いです。

もう1人のアマリンとは、インドで会った知り合いで、鎌倉で昔撮った2人の写真もありますよ。
今週は、もう1人オーラソーマのアマリンと勘違いして、電話してきた人がいました。いったい何のシンクロなのでしょう?

hitomiさんは、私の友人の師匠(?)です。名古屋でのオーラソーマ風水セミナーでしょうか?そのセミナーでしたら、友人が主催しています。どうぞよろしく!!


投稿: あまりん | 2007年9月 9日 (日) 03:13

ごめんなさい。
私とhitomiちゃんの師匠がアマリンでしてね。
今日..。
「最近、あまりん、若返ったんだよね〜。
 やっぱ恋すると違うね〜。」なんて話していた
 んですね〜。
ナオッツは、横でその話を聞いていました。

ってことは、一番上のコメントも
私のまぶだちhitomiちゃんではないのですね。

あは。おたんちんです。

投稿: waka | 2007年9月10日 (月) 01:07

wakaさん

アマリンのHPは別にありますよね?

オーラソーマをやっている人には、時々勘違いされることがあるので、大丈夫です。
私があえて「あまりん」と平仮名で書くようにしているのも、区別するためのというのもあるのですね。

アマリンと最後にあったのは、十何年か前ですので、最近はどうしてるか知りません。噂に聞くことはありますけど。

もう長いこと会ってないので、私から見ると、きっと『若返った』ではなく、『年取った』になってしまうんでしょうね・・・。

ナオちゃんは、横でその話を聞いてたのですね。なんだか面白い構図です。

何かの縁ですので、またよろしかったら遊びに来てください♪

投稿: あまりん | 2007年9月11日 (火) 02:07

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 古民家カフェ ディーチャイ | トップページ | 電話と郵便物 »